循環器内科経営シリーズ第7回|循環器クリニックの全体戦略──地域とつながる“支える医療”の設計図(総まとめ)
本シリーズでは、循環器クリニックの経営を
「再診率」「疾患構成」「初診設計」「検査導線」「心不全・心房細動管理」など、
それぞれのピースに分けて整理してきました。
ただ、循環器クリニックが本来担う役割は、個々の工夫の積み重ねだけではありません。
「急性期は病院が、慢性期はクリニックが、日常生活は在宅・薬局・かかりつけ医が支える」という三層構造を、 ひとつの流れとしてつなぐ“ハブ”になることが、これからの循環器クリニックに求められます。
最終回となる今回は、これまでの6回で扱ってきた内容を振り返りながら、
「循環器クリニックの全体戦略」を1枚の設計図として描き直すことをゴールにします。
自院の現状を振り返り、「どこから整えていくか」を考えるための地図としてお役立ていただければ幸いです。
1.これまでの第1〜6回を“地図”として振り返る
まずは、これまでの6回で扱ってきたテーマを、戦略の地図として簡単に振り返ります。
- 第1回:再診率×疾患構成が外来の安定性を決める ── 「誰を診るか」の設計図
- 第2回:再診の安定化は、院長の働き方の安定と直結する ── 1日の外来数の“変動幅”を整える視点
- 第3回:初診設計は、専門性の入口をつくる工程 ── 「どんな患者さんに来てほしいか」を言語化する
- 第4回:心不全・心房細動は「支える医療」の核となる領域 ── 地域で診る力が問われる慢性疾患
- 第5回:検査導線(心電図・エコー・ホルター)は、外来効率と専門性の両輪 ── 詰まりを生まない設計
- 第6回:エコー・ホルター・外来の“詰まり”をどう防ぐか ── 検査体制と組織づくりをセットで考える
これらはすべて、「循環器クリニックをひとつの“経営モデル”として捉えるためのピース」でした。
最終回では、このピースをつなぎ合わせて、自院の戦略として描けるレベルまで整理することを目指します。
2.これからの循環器クリニックに求められる4つの戦略視点
循環器クリニックの全体戦略を考えるうえで、これから特に重要になるのは、次の4つの視点です。
- 急性期と慢性期をつなぐ「病院連携の仕組み化」
- 専門クリニックと「かかりつけ医の診診連携」
- 生活を支える「在宅・薬局との地域連携」と在宅への“部分的な進出”
- 外来・検査・組織を横断した「統合型の経営モデル」の視点
それぞれ順に整理していきます。
2-1.急性期と慢性期をつなぐ「病院連携の仕組み化」
循環器診療の特徴は、病院(急性期)とクリニック(慢性期)を患者さんが行き来する構造にあります。
たとえば、以下のようなケースです。
- PCI後・アブレーション後の定期フォロー
- 心不全急性期入院後の、地域に戻ってからの生活支援
- 虚血性心疾患や不整脈のフォローアップ中に状態が悪化した場合の逆紹介
こうした流れを「その都度電話して紹介する」のではなく、あらかじめ“設計された導線”にしておくことで、院長にとっても患者さんにとっても安心感が高まります。
具体的には、次のようなポイントが挙げられます。
- PCI・アブレーション・デバイスなど、病院側が担う急性期治療の範囲を確認しておく
- 術後フォローアップを、どのタイミングからクリニックが引き継ぐかの目安を持つ
- 心不全急性期後の「紹介状テンプレート」や「連携パス」を整備しておく
- 悪化時にどの病院・どの窓口に連絡するか、院内で共有しておく
「病院が担う領域」「クリニックが責任を持つ領域」がはっきりしているほど、外来は安定し、スタッフも判断しやすくなります。
病院連携は“お付き合い”ではなく、循環器クリニックの経営戦略そのものと捉えることが大切です。
2-2.専門クリニックと“かかりつけ医”の診診連携
循環器クリニックは、地域の中で「循環器の専門窓口」としての役割を期待されますが、すべての患者さんをずっと自院だけで抱え続ける必要はありません。
むしろ、次のように患者さんの“居場所”を層に分けて考えることが重要です。
- 専門クリニックで管理すべき層:心不全・心房細動・難治性の不整脈・再燃リスクが高い患者さん など
- かかりつけ医と共同で管理できる層:コントロールが安定した高血圧・脂質異常症・生活習慣病 など
- 病院でのフォローが望ましい層:侵襲的治療後の高リスク症例、進行した心不全 など
この層分けの視点があると、次のようなメリットが生まれます。
- 外来の負荷を一定に保ちやすくなる(「診るべき患者さん」に集中できる)
- かかりつけ医からの紹介・逆紹介の流れが整理される
- 患者さんにとっても、「いま自分はどこで診てもらうべきか」がわかりやすくなる
診診連携は、単なる患者の“奪い合い”ではなく、「その患者さんにとって、いま最適な診療の場はどこか」を共に考えるプロセスです。
循環器クリニックがこの視点を持つことで、地域全体の循環器診療の質が底上げされていきます。
2-3.生活を支える「在宅・薬局との地域連携」と在宅への“部分進出”
心不全や心房細動の再燃・悪化は、外来よりも患者さんの日常生活の中で先に兆候が現れることが少なくありません。
- 体重増加やむくみの悪化
- 夜間の呼吸困難・起座呼吸
- 動悸や息切れの増悪
- 服薬の中断・減量
こうした“生活の中の変化”を早くキャッチできるのは、訪問看護や在宅医、薬局の存在です。
たとえば、
「訪問看護師が、ここ数日で体重が増え息切れが強くなっていることに気づき、早めにクリニックへ連絡してくれた」ことで、
外来で利尿薬を調整し、入院を回避できるケースがあります。
また、「薬局で服薬が続いていない様子がわかり、クリニックと情報共有したことで、
診察時に飲みにくさや不安を丁寧に聞き取り、服薬を続けられるようになった」というケースもあるでしょう。
在宅・薬局との連携では、次のような役割分担が考えられます。
- 訪問看護:体重・バイタル・呼吸状態・浮腫の変化を定期的にチェックし、異変を早期に共有する
- 在宅医:全身状態や他疾患も含めた総合的な診療、終末期を含む全体方針
- 薬局:服薬状況の確認、ポリファーマシーの兆候、生活習慣・セルフケアの支援
- 循環器クリニック:専門的な評価・検査・治療調整、必要に応じた病院への橋渡し
そのうえで、「在宅医療にどこまで踏み込むか」は、院長の働き方や地域の状況によって判断が分かれる部分です。
すべてを在宅で担う必要はありませんが、たとえば次のような“部分的な在宅対応”は、循環器クリニックとして現実的で、かつ大きな価値があります。
- 通院が難しくなった心不全患者さんへのスポット的な訪問診療
- 在宅医がフォローしている患者さんへの、期間限定の「循環器専門外来」的な関わり
- 退院後3か月程度の“再燃予防期”に限った在宅フォローへの参加
「外来中心は維持しつつ、必要なケースだけ在宅にも足を伸ばす」という中間的な選択肢を持っておくと、
患者さんを守る選択肢が増えるだけでなく、地域の在宅医・訪問看護との信頼関係も深まりやすくなります。
2-4.外来・検査・組織を横断した“統合型の経営モデル”
循環器クリニックの経営は、外来・検査・組織のどれか1つだけでは成立しません。それぞれが強く結びついています。
- 検査のボトルネックが外来の回転を止める
- 初診・再診時の問診設計が、その後の検査内容・スケジュールを左右する
- エコー担当者のスキルやシフト次第で、医師の負荷が大きく変わる
- 事務・看護間の情報共有が不十分だと、再診のリズムが乱れやすい
だからこそ、循環器クリニックでは「外来」「検査」「組織」を別々に最適化しようとしないことが大切です。
ひとつの診療フローの中で、どのように役割を分担し、どこで情報を渡すのかをあらかじめ描いておく必要があります。
たとえば、
- 初診時に「どの疾患群の患者さんか」を把握できる問診とカルテの構造
- 再診の周期と検査予約を、看護・事務が一緒に設計できるルール
- 心不全やAFなど、重点疾患ごとに「外来・検査・連携」の標準フローを作っておくこと
このような形で診療と組織運営を一体として設計することが、結果的に「院長の働き方を守る経営」につながります。
3.自院に落とし込むための3ステップ
ここからは、これまでの視点を「自院にどう落とし込むか」という観点で整理していきます。
すべてを一度に整える必要はありません。まずは次の3ステップで、現状を見える化するところから始めるのがおすすめです。
STEP1:いまの診療フローを“1枚の絵”にしてみる
最初のステップは、「いま、患者さんはどのような流れで診療を受けているか」を可視化することです。
たとえば、次のような流れを書き出してみます。
- 初診:どの経路から来院し、どのような問診・検査を行っているか
- 検査:いつ・どのタイミングでエコーやホルターを実施しているか
- 評価:検査結果をどう説明し、どの疾患群に分類しているか
- 指導:生活習慣・服薬・再診間隔について、どのように説明しているか
- 再診:再診周期はどう決めているか、どの程度守られているか
- 病院・在宅・薬局との連携:診療フローのどこに、どのような形で入ってくるか
実際に図にしてみると、
「ここで検査が詰まりやすい」「この疾患群だけ再診が途切れがち」など、気になっていた“引っかかり”が言語化されやすくなります。
STEP2:自院の「重点疾患(勝ち筋)」を決める
次に、循環器の中でも「自院はどの領域を中心に診ていくのか」を明確にします。
- 心不全(高齢者を含む慢性心不全の継続管理)
- 心房細動(抗凝固療法・リズムコントロール・心不全予防)
- 高血圧・脂質異常症(生活習慣病とセットで診る)
- 不整脈全般(症状の評価と必要な専門治療への橋渡し)
どの領域に重心を置くかによって、必要となる検査体制・スタッフ配置・連携の組み方が変わってきます。
「すべてを完璧に診る」ことを目指すのではなく、「ここは自院が責任を持って診る」という軸を決めるイメージです。
STEP3:地域とつながる“支える医療モデル”を描く
最後に、病院・かかりつけ医・在宅・薬局と、どのような関係をつくっていきたいかを、1枚の図として描いてみます。
- どの病院と、どの領域で連携するか(急性期治療・術後フォローなど)
- どの科のかかりつけ医と、どのような患者像を共有したいか
- どの在宅事業所・訪問看護と、どのような情報のやり取りをしたいか
- どの薬局と、服薬・生活習慣に関する情報共有をしたいか
このプロセスは、すぐに「新しい取り組み」を増やすためのものではありません。
むしろ、「今すでに行っている診療や連携を、どう位置づけるかを整理する作業」に近いものです。
そのうえで、「心不全の再燃予防はこのラインで支えたい」「AFの管理はこの連携で回したい」といった、
“自院なりの循環器モデル”が少しずつ輪郭を帯びてきます。
4.地域循環器ケアの統合モデル──文章による“1枚の図”
ここまでの内容をまとめると、循環器クリニックの全体戦略は、次のような“1枚の図”として整理できます。
【地域循環器ケアの統合モデル】
① 入口(初診設計)
どのような患者さんに来ていただきたいのかを明確にし、
問診・カルテ・検査方針で「疾患像の絞り込み」ができる構造を整えます。
② 外来(再診のリズム)
再診率と再診周期を意識しながら、1日の外来数の“振れ幅”を抑えます。
院長の働き方と、患者さんの安心感の両方を守るリズムをつくることがポイントです。
③ 検査(エコー・ホルター中心)
外来と検査が互いに詰まらないよう、予約枠・担当者・運用ルールを設計します。
検査は「売上のため」ではなく、診療の質と安心の“土台”として位置づけます。
④ 病院(急性期)
急変時・侵襲的治療・高度な検査など、病院が担うべき役割を明確にし、
どのタイミングで紹介・逆紹介を行うかをあらかじめ決めておきます。
⑤ 在宅・薬局・かかりつけ医(生活圏)
日常生活の中で生じる変化をキャッチし、服薬継続・生活習慣・再燃予防を支えます。
必要に応じて、循環器クリニックが専門的な評価と治療調整を行います。
⑥ 組織・チーム(院内体制)
医師だけでなく、看護師・事務・検査技師などが、同じ「患者像」と「診療フロー」を共有できる体制をつくります。
個人の頑張りではなく、仕組みで支えるチームを目指します。
この6つの要素がばらばらに存在するのではなく、
ひとつの流れとしてつながっている状態を目指すことが、これからの循環器クリニック経営の鍵になります。
5.まとめ:循環器クリニックは“地域の循環器科のハブ”へ
診療報酬改定や医師偏在対策、地域包括ケアの推進など、外部環境は大きく変化しています。
その中で、循環器クリニックには「治す医療」と「支える医療」をつなぐ役割が、これまで以上に期待されるようになっています。
病院・かかりつけ医・在宅・薬局・地域の事業所……。
多くのプレーヤーが関わるからこそ、誰がどこを担い、クリニックはどこで“ハブ”になるのかを描いておく必要があります。
本シリーズで扱ってきたのは、そのためのピースをひとつずつ整理していくプロセスでした。
すべてをすぐに実行する必要はありません。まずは、「自院はどのような循環器クリニックでありたいか」というイメージを言葉にしてみるところからで十分です。
どの地域にも、その地域でしか育めない循環器診療のかたちがあります。
院長先生ご自身の経験や価値観と、地域の特性を重ね合わせながら、“自院らしい循環器クリニック像”を少しずつ描いていければと思います。
小さな見直しの積み重ねが、
院長の働き方を守り、患者さんの暮らしを支え、地域の医療を強くしていきます。
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