循環器内科経営シリーズ 第5回|“働き方を整える”循環器クリニックの経営設計──急な不調・慢性フォロー・検査業務を仕組みで回す
循環器内科は、数ある診療科の中でも「働き方が経営に直結する科」です。
典型的な急性胸痛や強い動悸などは、救急要件として病院へ向かわれるケースも少なくありません。
一方で、実際の外来には次のような“グレーゾーンの不調”で急に来院される患者さんが一定数おられます。
- 胸が重いような気がする
- 時々ドキッとする、動悸のような違和感が続く
- 血圧が急に上がって不安になった
- スマートウォッチで「不整脈」などと表示された
こうしたケースは重症例ではないものの、患者さん側からすると「今すぐ見てほしい不調」です。
そして、このような急な来院こそが、循環器クリニックの外来の流れを乱し、働き方を不安定にさせる大きな要因になります。
さらに循環器クリニックでは、
- 心電図・ホルター・心エコーなど検査量が多い
- 心不全や心房細動など、慢性疾患の継続フォローが軸になる
- スタッフの判断と動線で、診療効率が大きく変わる
といった特徴があります。
だからこそ、循環器外来は「働き方の設計」そのものが経営の安定性を左右する科目と言えます。
1.働き方が「歪む」循環器外来の構造
1-1.グレーゾーンの不調が外来を止める
「胸が重い」「昨日から動悸がする」「血圧が高くて不安」…。
こうした“グレーゾーンの不調”で急に来院される患者さんは、循環器クリニックでは珍しくありません。
本来、外来にはその日の予約や再診を中心とした「流れ」があります。
その流れの中に、優先度が判断しづらい急な来院が加わると、
- 受付が優先度を迷う
- 看護師がどこまで介入してよいか悩む
- 医師への相談が断続的に入り、診察のリズムが崩れる
といった形で、外来全体が止まりやすくなります。
循環器の「忙しさの正体」のひとつは、まさにこの“急な不調の割り込み”にあります。
1-2.検査が詰まりやすい構造
循環器クリニックでは、検査は単なる補助業務ではなく、外来の一部として組み込まれています。
- 心エコーの予約枠がすぐ埋まってしまう
- ホルター心電図の装着・返却・解析の流れがバラバラ
- 心電図検査のタイミングと導線が一定していない
こうした状況が続くと、検査側で“渋滞”が起こります。
その結果、
- 外来のスピードが落ちる
- スタッフの負担が増える
- 医師の判断のタイミングが遅れる
など、1日全体の生産性が下がってしまいます。
「なんとなく忙しい」「毎日バタバタしている」という感覚の裏側には、この検査フローの歪みが隠れていることが少なくありません。
1-3.スタッフの役割が曖昧になり、属人化する
循環器外来では、スタッフの動き方で成果が大きく変わります。
しかし、現場では次のような状態になっていることがあります。
- ベテラン看護師が、判断や誘導を一手に担っている
- 再診予約や検査案内のルールが、スタッフごとにバラバラ
- 特定のスタッフが休むと、外来運営全体が崩れやすい
こうした属人化は、働き方の安定を損なうだけでなく、経営上のリスクにもなります。
スタッフの入れ替わりや、予期せぬ休職がそのまま「外来が回らない」という事態につながってしまうからです。
2.働き方を整えるための3つの経営視点
ここからは、こうした「働き方の歪み」を、経営の視点からどのように整えていくかを整理していきます。
2-1.急な来院を“働き方の設計”で吸収する
循環器クリニックで重要なのは、典型的な急性胸痛への対応だけではありません。
むしろ、現場の忙しさを左右するのは、先ほど挙げたような“急な不調の患者さん”をどう受け入れるかという点です。
そこでカギになるのが、「導線の設計」です。
急な不調で来院された患者さんへの流れを、あえて“1本の線”として整理すると、次のようになります。
受付 → 看護師の一次評価 → 医師の判断 → 通常の外来フローへ戻す
この4つのどこかが曖昧になっていると、
「誰が、どのタイミングで、どこまで対応するのか」がはっきりせず、外来全体が止まりやすくなります。
逆に言えば、この流れをあらかじめ決めておくだけでも、急な来院による“バタバタ感”は大きく減らすことができます。
受付:判断基準の明文化
まずは「受付で何を聞き、どこまで判断するか」を決めておきます。
- どのような訴えなら看護師にすぐ回すのか
- どこまで受付でヒアリングするのか
- 予約患者との優先順位をどう考えるか
この基準がないと、スタッフごとに対応が異なり、外来が不安定になります。
一方で、基準が明文化されていれば、スタッフは落ち着いて動けるようになります。
看護師:一次評価のフォーマット化
次に、看護師が行う一次評価をフォーマット化します。
- 血圧・脈拍・SpO2の確認
- 症状の発症時間と経過
- 既往歴や内服状況の簡単な確認
- 患者さんの不安の強さ
こうした情報が一定の形で集まれば、医師も判断しやすくなります。
看護師の役割が明確になり、「何となく医師に聞きに行く」時間も減らせます。
医師:介入タイミングのルール化
そして最後に、医師の介入タイミングをあらかじめ決めておきます。
- 軽度の不調:診察の合間に確認する
- 中等度の不調:優先的に診る時間帯をあらかじめ確保しておく
こうしたルールがあれば、急な来院があっても外来の流れが大きく乱れにくくなります。
働き方の安定=外来生産性の向上=経営の安定化につながるポイントです。
2-2.検査体制は“働き方改革”ではなく“経営基盤”
循環器クリニックにとって、検査は「忙しさを増やす要因」ではなく、「外来の生産ライン」です。
つまり、検査体制の整備は働き方の工夫にとどまらず、経営の基盤づくりそのものと考えることができます。
心エコーやホルターなどの検査も、
「その場の空き枠に入れる」のではなく、次のような“ひと続きの流れ”として整理しておくと、働き方が安定しやすくなります。
- 初診・再診で検査の必要性を判断する
- 検査の予約を「いつ・どの枠で行うか」を決める
- 実際の検査を行う(エコー・ホルター装着など)
- 結果をどの再診日に、どの枠で説明するかをあらかじめ決めておく
この一連の流れが院内で共有されていると、
「今日は検査がどれくらい入っているのか」「結果説明がどれくらい残っているのか」が見えやすくなり、
外来全体の“忙しさの波”もなだらかになっていきます。
心エコー枠を、再診スケジュールと連動させる
心エコーの枠がその場しのぎで埋まっていくと、すぐに「検査待ち」の渋滞が起きます。
再診のスケジュールと検査の枠を連動させ、「この曜日・この時間帯は、再診+検査のセットで回す」といった設計が重要です。
ホルター装着・返却・解析の曜日を固定する
ホルター心電図も、装着・返却・解析がバラバラに行われると、スタッフの負担が増え、結果の確認も遅れがちになります。
曜日ごとに役割を固定し、
- 装着は〇曜日・〇曜日
- 返却確認は〇曜日
- 解析・結果説明は〇曜日の再診枠で行う
といった形で流れを決めておくことで、検査の「流量」が安定します。
検査側にも“急な不調枠”を持つ
外来だけでなく、検査側にも少数の「急な不調枠」を設けておくと、急な来院にも対応しやすくなります。
これにより、外来の変動が検査で吸収され、1日の診療の変動幅が小さくなります。
結果として、「売上も、スタッフの疲労度も、安定しやすい外来」へと近づいていきます。
2-3.役割分担を見える化して“再現性のある経営”へ
もうひとつ大切なのが、スタッフの役割分担の「見える化」です。
属人化は、最も大きな経営リスクのひとつです。
そこで、例えば次のような項目を文章として整理し、スタッフ間で共有しておくことが有効です。
- 受付:どこまで聞き取り、どのタイミングで看護師へ引き継ぐか
- 看護師:どの範囲まで一次評価を行い、どこからを医師判断とするか
- 技師:検査枠の管理と、急な検査依頼への対応ルール
- 事務:再診予約と検査案内をどの順序で説明するか
イメージとしては、次のような“バトンリレー”を全員で共有しておくイメージです。
受付が「情報を集めて整理する」
→ 看護師が「状態を評価し、必要な情報をそろえる」
→ 医師が「診断と方針を決める」
→ 事務・受付が「次の来院や検査につなぐ」
このバトンの流れがはっきりしているほど、
誰か一人に仕事が集中したり、「これは誰の仕事なのか」で立ち止まる時間が減っていきます。
これらが「言語化され、共有されている」状態になると、
- 新人スタッフでも動き方がわかる
- 特定のスタッフが不在でも外来が回る
- ミスや行き違いが減る
といった変化が生まれます。
つまり、「誰が入っても回る外来」=「再現性のある経営」が実現していきます。
3.働き方を整えると、経営はどう変わるか
循環器クリニックの働き方は、そのまま経営指標に直結しています。
働き方を設計し直すことで、外来患者数・検査数・人件費といった数字にも、じわじわと変化が現れてきます。
3-1.外来の変動幅が小さくなり、収益が安定する
急な来院や検査の渋滞といった「外来を乱す要因」が吸収されることで、1日の患者数や診療量の変動幅が小さくなります。
「とても忙しい日」と「極端に暇な日」の差が減ることで、日々の売上も安定しやすくなります。
これは、スタッフ数やシフトを考えるうえでも、大きな判断材料になります。
3-2.再診率・継続率が自然に上がる
心不全や心房細動など、循環器の慢性疾患外来は、継続フォローがそのまま経営の柱になります。
働き方が整い、外来が乱れにくくなると、
- 予約が取りやすくなる
- 検査の結果説明が滞りにくくなる
- 患者さんが通院を続けやすくなる
という形で、再診率・継続率の向上につながります。
「再診が安定しているかどうか」は、循環器クリニックの経営にとって、最も重要な数字の一つです。
3-3.スタッフの定着率が上がり、採用コストが下がる
働き方が整った職場では、スタッフの疲弊感が減り、「続けやすい」環境が生まれます。
それは、採用コストや育成コストが下がることにも直結します。
中小規模のクリニックにとって、これは非常に大きな経営インパクトになります。
3-4.院長の負担が軽くなり、判断の質が上がる
最後に、働き方を整えることは、院長ご自身の働き方にも影響します。
日々の外来が「場当たり的な忙しさ」から「設計された忙しさ」に変わることで、
- 疲弊感が減り、冷静な判断がしやすくなる
- 経営の意思決定に十分な時間とエネルギーを割ける
- 中長期的な方針を考える余裕が生まれる
といった変化が期待できます。
働き方の整備は、単なる業務改善ではなく、「院長の経営者としての時間を取り戻すプロセス」でもあります。
4.まとめ──循環器クリニックの“働き方改革”は、経営改善そのもの
循環器クリニックの忙しさやストレスには、必ず「構造」があります。
そして、その構造は「頑張って吸収する」ものではなく、「設計して整える」ことができる領域です。
今回整理した、
- 急な不調の患者さんの導線設計
- 検査の流量を整える検査体制の見直し
- スタッフの役割分担の見える化と共有
といった取り組みは、すべて「働き方」と「経営」の両方を整えるアプローチです。
外来が止まりにくくなり、医師もスタッフも働きやすくなり、経営は自然と安定していきます。
循環器外来という「動きの連続」のなかにこそ、働き方を整える余地が多く残されています。
そしてそれは、院長ご自身と患者さん、さらには地域にとっても、
「細く長く続けられる医療」へとつながっていきます。
5.次回予告|第6回「循環器検査の導線化と経営」
働き方が整うと、次に見直すべきは「検査の流量設計」です。
循環器クリニックでは、検査体制をどう設計するかが、外来の安定と収益性を左右する大きなポイントになります。
第6回|循環器検査の導線化と経営(心電図・エコー・ホルターの位置づけ)
- 心エコーが要因となって外来が詰まってしまう構造
- 検査待ち動線の設計と「待ち時間」のコントロール
- どの検査を、どのタイミングで、どのように案内するか
といった論点を軸に、“検査体制”を経営視点で描く回として整理していきます。
循環器クリニックの検査導線を見直したい院長先生にとって、実務にも直結する内容になる予定です。
なお、ここまで整えてきた「働き方の仕組み」は、最終的には院長ご自身の働き方をどう整えるか、というテーマにもつながっていきます。
外来の流れや検査体制、スタッフの役割を整理することは、「院長がどこに時間とエネルギーを使うか」を見直すプロセスでもあります。
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