日本医師会調査と財務省資料から考える診療所経営|2030年に向けて院長が備える5つの視点
本記事は、令和7年(2025年)9月17日に日本医師会が発表した『令和7年 診療所の緊急経営調査 結果 ― 令和5・6年度実態報告』[1]および、日医総研ワーキングペーパー No.494『令和7年 診療所の緊急経営調査』[2]をもとに、クリニック経営を取り巻く変化を整理した記事です。
調査では、物価・人件費の上昇、患者数の変化、診療報酬上の特例措置の終了などにより、診療所の経営収支が悪化している実態が示されています。
一方で、国の財政制度等審議会などでは、無床診療所の利益率や内部留保について、なお一定の余力があるものとして評価される場面もあります[3]。
つまり、現場では物価高・人件費上昇・患者数の変化による苦しさがある一方で、制度設計側からは「診療所経営はまだ比較的良好」と見られている可能性があります。
この認識のギャップを前提にすると、これからのクリニック経営では、単に「厳しい」と受け止めるだけでなく、何を守り、どこを変え、何を早めに準備するかを整理しておく必要があります。
1.人件費と採用難 ― “給与以外”の価値づくり
スタッフ確保と定着は、今後さらに厳しさを増します。給与だけで人を引き留める時代は終わり、働きやすさ・やりがい・職場文化の有無が採用競争力を左右します。
また、賃上げ対応では、ベースアップ評価料や賃上げ促進税制など、制度上用意されている原資を取りこぼさない視点も欠かせません。
給与以外の価値づくりは重要ですが、その前提として、使える制度を確認し、賃上げの原資を確保することも経営判断の一部です。
放置すれば経営の根幹が揺らぐ一方で、WEB予約・AI電話・自動精算機などのDXツールを活用すれば、限られた人員でも運営できる仕組みづくりが可能です。
目先の採用戦略にとどまらず、人が辞めにくい仕組みと人が育つ風土の両輪を整えることが重要です。
2.患者数・受診行動の変化 ― “潜在ニーズ”を掘り起こす
少子高齢化や受診控えの流れを踏まえ、生活習慣病外来・高齢者外来・健診異常フォロー・ポリファーマシー対応など、潜在的な需要を拾う体制づくりが求められます。
「まずはこのクリニックへ」と思ってもらえるよう、かかりつけ医機能を明確に打ち出すことも重要です。
今後は、個別の検査や処置だけでなく、複数の慢性疾患や生活背景を含めて診る「かかりつけ医機能」をどう評価するかという議論も進んでいきます。
単なる患者数の増減ではなく、自院が地域の中でどの役割を担うのかを言語化しておくことが重要です。
患者数の減少を嘆くよりも、「来院理由の変化を読み解き、行動設計を変える」視点が鍵になります。
3.診療報酬一本足からの転換 ― “制度依存”のリスク管理
制度改定は数年ごとに行われ、診療所経営に直接影響を及ぼします。
特に2026年度改定以降は、医療DX・チーム医療・地域連携に加え、診療所の報酬体系そのものをどう見直すかという議論も避けて通れません。
病院支援とのバランスの中で、診療所の報酬単価や加算体系の見直しが議論される可能性があります。
診療報酬を経営の軸に置くことは当然ですが、制度改定の影響を受けやすい構造に偏りすぎないよう、自費診療・産業医・在宅・予防プログラムなど、収益源や役割の複線化を考えておく必要があります。
診療報酬を“軸”に据えつつも、“依存”しすぎない構造を意識することが、経営のリスク分散です。
4.設備・資金・承継 ― “未来の更新”を前倒しで考える
建物や医療機器の老朽化は、どのクリニックにも必ず訪れます。
更新のタイミングで慌てないために、リース・購入の判断基準や、省エネ型設備への転換を早めに検討しておきましょう。
このような「未来の更新」に備える考え方は、設備だけでなく、経営そのものをどう引き継ぐかという視点にもつながります。
たとえば、数年後のスタッフ体制や患者層の変化を見据え、どんな形で診療所を残していきたいかを少しずつ言語化しておくこと。これは、経営者が自院の未来像を整理する第一歩です。
なお、事業承継・M&Aのスキーム設計や仲介などの専門実務は当社の支援範囲外となります。
実務的な手続きやスキーム検討が必要な場合は、税理士・金融機関・専門仲介機関など、適切な専門家への相談をお勧めします。
当社がサポートできるのは、院長先生が将来像・前提条件・価値観を整理し、「どう続けたいか」を言葉にする段階です。
診療所を“残す”ことは、経営者個人の出口戦略であると同時に、地域医療の継続を守る行動でもあります。
焦らず、日々の経営の延長線上で考えていくことが、最も現実的な準備です。
5.まとめ ― “待つ経営”から“準備する経営”へ
2030年は、まだ少し先のように感じます。
しかし、人・患者・制度・資金・地域の5つの要素は、すでに変化を始めています。
さらに、現場では経営の苦しさが増している一方で、国の制度設計では「診療所には一定の経営余力がある」と見られる場面もあります。
このギャップがあるからこそ、これからの院長には、単に制度改定を待つのではなく、自院として何を守り、何を変え、どの順番で準備するかを考える姿勢が求められます。
「変化を予測する」よりも、「変化を前提に設計する」。
この視点こそが、これからのクリニック経営に求められる態度です。
小さくてもよいので、今日から準備を始めましょう。
未来を“待つ”のではなく、自らの手で整えていく姿勢が、四方よし(患者・地域・スタッフ・自分)の経営につながります。
参考資料
- 日本医師会『令和7年 診療所の緊急経営調査 結果 ― 令和5・6年度実態報告』(2025年9月17日)
https://www.med.or.jp/dl-med/teireikaiken/20250917.pdf - 日医総研ワーキングペーパー No.494『令和7年 診療所の緊急経営調査』(2025年9月9日)
https://www.jmari.med.or.jp/wp-content/uploads/2025/09/WP494.pdf - 内閣府 経済財政諮問会議 資料『財政制度等審議会における議論の状況について①』(2025年11月21日)
https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/special/reform/wg1/2025/shiryou3-1.pdf
クリニック経営の違和感を、早めに整理したい院長へ
制度や環境の変化を前提に、経営判断の前提を整理する支援を行っています
人件費、患者数、制度改定、設備更新、地域での役割。
クリニック経営では、一つひとつの課題は見えていても、何から考えるべきか、どの順番で判断すべきかが分かりにくくなることがあります。
まえやまだ純商店では、正解を一方的に提示するのではなく、院長先生の状況を伺いながら、論点と優先順位を整理する支援を行っています。
相談内容が整理できていない段階でも問題ありません。
むしろ、何から考えるべきかを整理するところから始まることが多くあります。
臨床と同じように、経営判断も「症状が出てから」ではなく、違和感の段階で整理することに意味があります。
※実務代行や御用聞き型の支援ではなく、院長先生が判断しやすくなるための整理を行います。