財務省と現場で見え方が違う理由とは?クリニック経営を巡る認識の違いを整理する
物価や人件費の上昇、医療DXへの対応、設備の老朽化、採用難。
クリニックを経営している院長先生の中には、以前よりも経営の厳しさを感じている方が少なくないのではないでしょうか。
日本医師会や日医総研が公表した診療所の経営調査でも、経営収支の悪化や設備更新の難しさ、将来の廃業を検討する診療所の存在が示されています。
一方、財務省の財政制度等審議会では、無床診療所について、病院と比べて高い利益率や利益剰余金を維持しており、なお一定の経営余力があると評価されています。
現場では「これ以上の負担増には耐えられない」と感じている一方、制度を考える側からは「診療所にはまだ経営余力がある」と見られている。
本記事では、なぜ同じ診療所経営を見ているはずの両者で、これほど認識が異なるのかを整理します。
なお、本記事は、財務省と日本医師会のどちらが正しいかを決めることを目的としていません。
それぞれが何を見て、どのような立場から診療所経営を評価しているのかを知ることは、今後の診療報酬改定やクリニック経営を考える前提になります。
1.日本医師会と財務省で異なる診療所経営の評価
日本医師会側と財務省側の主張を大きく整理すると、次のようになります。
| 日本医師会・診療所側 | 財務省側 |
|---|---|
| 物価高や人件費上昇によって経営は悪化している | 診療所の利益率は病院より高く、一定の経営余力がある |
| 基本診療料を引き上げ、地域医療を支える必要がある | 病院を重点的に支援するため、診療所報酬の適正化が必要である |
| DX投資や書類作成、制度対応の負担が増えている | 診療所の医療費単価は物価を上回るペースで増えている |
| 設備更新や人材確保が難しく、廃業の懸念がある | 診療所数は増加し、都市部への偏在や小規模分散が残っている |
| これ以上の経費削減には限界がある | かかりつけ医機能を強化し、出来高払いから包括的な評価へ転換すべきである |
表面だけを見ると、両者の主張は真っ向から対立しているように見えます。
しかし、詳しく見ると、単にどちらかが事実を見誤っているというよりも、見ている指標、対象、時間軸、担っている役割が異なることが分かります。
2.財務省が見ているクリニック経営
財務省は、個々の院長の実感というよりも、医療費全体の配分や医療提供体制の効率性という視点から診療所を評価しています。
利益率と利益剰余金
財務省は、無床診療所の平均利益率が、病院と比較して高い水準を維持している点を重視しています。
また、過去の利益の蓄積である利益剰余金についても、診療所には一定の蓄えがあると分析しています。
この数字を基準にすれば、物価や人件費が上昇しているとしても、診療所全体には、直ちに経営が立ち行かなくなるほどの危機が生じているわけではない、という評価になります。
病院と診療所の財源配分
財務省が考えているのは、診療所だけの経営ではありません。
人件費や医療材料費の上昇により経営が悪化している病院をどのように支えるか、その財源を医療費全体の中でどのように配分するかを見ています。
そのため、病院よりも利益率の高い診療所の報酬を適正化し、病院へ重点的に財源を配分するという考え方が示されます。
診療所数の増加と都市部への偏在
人口減少が進む中でも、診療所数は増加傾向にあります。
特に都市部では診療所が集中しており、小規模な医療機関が分散することで、医療提供体制が非効率になっているのではないかという問題意識があります。
財務省から見れば、個々の診療所の経営を守ることだけでなく、限られた医療資源を地域ごとにどのように配置するかも重要な論点です。
出来高払いから包括的な評価への転換
財務省は、頻回な受診や個別の診療行為を積み上げる出来高払いだけでなく、患者の状態を継続的に管理する機能を包括的に評価する方向性を示しています。
これは、地域の診療所にかかりつけ医機能を求める一方で、受診回数や処置件数に依存しすぎない報酬体系へ転換したいという考えです。
財務省が見ているのは、個別の診療所が今月どれだけ苦しいかという問題よりも、医療費全体をどのように配分し、医療提供体制をどのように効率化するかという問題です。
3.現場の院長が見ているクリニック経営
一方、現場の院長が見ているのは、全国平均の利益率ではなく、自院の毎月の収支と日々の運営です。
物価と人件費の上昇
スタッフを確保するためには賃上げが必要です。
しかし、人件費を上げても、診療報酬が同じ割合で上がるとは限りません。
光熱費、医薬品費、医療材料費、システム利用料なども上昇する中で、収入よりも支出の増加を強く感じているクリニックは少なくありません。
医療DXへの設備投資と運用負担
オンライン資格確認、電子処方箋、電子カルテの改修など、医療DXへの対応には費用がかかります。
また、システムを導入すれば終わりではなく、スタッフへの説明、院内フローの変更、患者対応、トラブル対応など、運用面の負担も発生します。
制度を考える側からは一つの施策でも、小規模な診療所では、院長や一部のスタッフに対応が集中しやすいのが実情です。
書類作成や届出業務の増加
診療報酬上の評価を受けるためには、施設基準の確認、届出、患者への説明、計画書や記録の作成などが必要になることがあります。
算定できる項目が増えても、実際に運用するための事務負担が重く、十分に活用できないケースもあります。
現場から見れば、単価だけでなく、その報酬を得るために必要な時間や人手まで含めて考えなければなりません。
設備更新と将来への不安
現時点で黒字であっても、医療機器、電子カルテ、空調、建物設備などの更新時期が重なると、大きな資金が必要になります。
利益剰余金があることは、必ずしも自由に使える余剰資金が豊富にあることを意味しません。
将来の設備更新、借入金の返済、退職金、災害や感染症への備えなどを考え、一定の資金を確保している診療所もあります。
経営努力の限界
院長報酬の減額、採用の見送り、設備更新の延期、業務の内製化など、すでにさまざまな経費削減に取り組んでいる診療所もあります。
そのような現場からすれば、「平均では利益率が高い」「利益剰余金がある」と評価されても、自院の実感とは大きく異なります。
現場の院長が見ているのは、全国平均ではなく、自院の人件費、資金繰り、設備更新、スタッフ体制、診療を継続できるかどうかという具体的な問題です。
4.なぜ国の見方と現場の認識にギャップが生じるのか
財務省と現場で認識が異なる最大の理由は、同じ「クリニック経営」という言葉を使いながら、実際には異なるものを見ているからです。
平均値と個別経営の違い
財務省が用いるのは、全国の診療所を集計した平均値です。
しかし、診療科、地域、院長の年齢、開業年数、借入金、建物の所有形態、スタッフ数によって、経営状況は大きく異なります。
利益率の高い診療所が平均を引き上げている可能性もあれば、都市部と地方、無借金の診療所と開業直後の診療所では、同じ利益率でも資金的な余裕は異なります。
損益と資金繰りの違い
会計上の利益が出ていても、借入金の元本返済や大型設備の更新には現金が必要です。
利益率だけでは、将来の投資負担や資金繰りの余裕まで把握できません。
一方で、現場の資金繰りが厳しいからといって、診療所全体の報酬水準が適正かどうかを、その実感だけで判断することもできません。
制度全体と一施設の違い
財務省は、病院、診療所、薬局、介護を含めた社会保障費全体を見ています。
院長は、自院の患者、スタッフ、取引先、地域医療を見ています。
財務省にとっては、限られた財源をどこに配分するかが課題です。
一方、院長にとっては、目の前の診療体制をどう維持するかが課題です。
両者は対立しているだけでなく、担っている責任の範囲が異なるともいえます。
現在の評価と将来への備えの違い
財務省は、過去から現在までの決算データをもとに診療所を評価します。
一方、現場の院長は、今後の設備更新、スタッフの高齢化、採用難、地域人口の変化なども含めて経営を考えています。
現在の利益率が高くても、数年後の負担を考えれば、院長が経営に不安を感じることは不自然ではありません。
| 財務省が重視する視点 | 現場の院長が重視する視点 |
|---|---|
| 全国平均 | 自院の状況 |
| 利益率・利益剰余金 | 資金繰り・設備更新 |
| 医療費全体の配分 | 診療体制の維持 |
| 医療提供体制の効率性 | 地域で担っている役割 |
| 過去から現在の統計 | 現在から将来への不安 |
5.平均値だけでも、個別の実感だけでも捉えきれない
財務省の数字だけを見れば、診療所にはまだ余力があるように見えます。
しかし、平均値だけでは、地域や診療科、開業時期、借入状況による差までは十分に把握できません。
特に、設備更新や承継を控えている診療所、採用が難しい地域の診療所、患者数が減少している診療所では、平均以上に厳しい状況に置かれている可能性があります。
その一方で、「現場が厳しい」という声だけをもとに、すべての診療所が同じ状況にあると捉えることも適切ではありません。
診療科や地域によっては、比較的高い利益率を維持している診療所もあります。
また、医療費の財源には限りがあるため、病院や介護など、より深刻な経営課題を抱える分野との配分も避けて通れません。
「診療所は儲かっている」という見方だけでも、「すべての診療所が経営危機にある」という見方だけでも、実態を十分に捉えることはできません。
必要なのは、平均値と個別の経営状況を分けて考えることです。
6.今後の診療報酬改定を考えるうえで重要なこと
財務省の見方は、今後の診療報酬改定や医療提供体制の議論に反映される可能性があります。
特に、病院への重点配分、診療所報酬の適正化、かかりつけ医機能の強化、出来高払いから包括的評価への転換は、今後も重要な論点になると考えられます。
現場の院長が経営の厳しさを訴えることは重要です。
ただし、制度を考える側が何を見ているかを知らなければ、なぜ診療所にとって厳しい見直しが検討されるのかを理解しにくくなります。
反対に、財務省の統計だけを見て、個々の診療所に十分な余裕があると判断すれば、地域医療の現場で起きている問題を見落とす可能性があります。
今後の制度改定を考える際には、次の二つを分けて見る必要があります。
- 制度を設計する側は、診療所をどのように評価しているのか
- 自院では、実際にどのような経営課題が起きているのか
国の評価を理解したうえで、自院の数字や運営体制と照らし合わせる。
その両方を見ることが、今後のクリニック経営を考える前提になります。
7.まとめ
日本医師会や現場の院長は、物価高、人件費上昇、設備更新、医療DX、事務負担など、日々の経営の厳しさを見ています。
一方、財務省は、利益率、利益剰余金、医療費の伸び、診療所数、病院との財源配分など、医療制度全体の持続可能性を見ています。
同じ診療所経営を扱っていても、見ている指標と担っている役割が異なるため、評価にギャップが生じます。
どちらか一方が正しく、もう一方が間違っていると考えるだけでは、今後の制度改定や経営環境の変化を十分に理解できません。
財務省が診療所をどのように見ているのか。
現場では、実際にどのような負担が生じているのか。
そして、自院は平均値と比べてどのような状況にあるのか。
それぞれを分けて整理することが、今後のクリニック経営を考える出発点になります。
参考資料
- 日本医師会『令和7年 診療所の緊急経営調査 結果―令和5・6年度実態報告』(2025年9月17日)
https://www.med.or.jp/dl-med/teireikaiken/20250917.pdf - 日医総研ワーキングペーパー No.494『令和7年 診療所の緊急経営調査』(2025年9月9日)
https://www.jmari.med.or.jp/wp-content/uploads/2025/09/WP494.pdf - 内閣府 経済財政諮問会議 資料『財政制度等審議会における議論の状況について①』(2025年11月21日)
https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/special/reform/wg1/2025/shiryou3-1.pdf
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