2026年度(令和8年度)診療報酬改定の基本方針(骨子案)の概要― みずほ銀行レポートから読み解くこれからのクリニック経営
ここ数年、クリニックを取り巻く環境は静かに、しかし確実に変化しています。
外来患者数が思うように伸びない、スタッフ採用が難しくなってきた、光熱費や人件費がじわじわ重くなってきた…。
こうした足元の変化に加えて、「国が医療に求める姿」そのものも、少しずつ姿を変えつつあります。
本記事では、みずほ銀行の中期産業レポート(2026〜2030年の医療・ヘルスケアの見通し)と、 2026年度(令和8年度)診療報酬改定の基本方針(骨子案)をベースに、 これからのクリニック経営にとって重要になるポイントを整理しました。
※本記事の内容は、2025年12月時点で公表されている資料をもとに作成しています。今後の審議により、最終的な改定内容は変更される可能性があります。
(出典:厚生労働省「2026年度診療報酬改定の基本方針(案)」、みずほ銀行 産業調査レポート ほか)
結論からお伝えすると、今後5年ほどの流れは、次の2つに集約されます。
- 外来中心から、“地域で患者を支えるクリニック”へ
- DXによる生産性向上が必須になる(ただし導入は慎重に)
開業を検討中の先生、開業して数年の院長先生に、「これからの方向性」を掴んでいただくための材料になれば幸いです。
1.みずほ銀行レポートが示す「医療の未来像」
みずほ銀行のレポートでは、医療・ヘルスケアは「人口減少社会の中でも成長が期待される数少ない分野」と位置づけられています。 その背景には、次の3つの構造変化があります。
(1)高齢化と慢性疾患の増加
日本はこれから、高齢化のピークに向かって進みます。
それに伴って、生活習慣病や心疾患、認知症、うつ病など、「外来で一度治して終わり」ではなく、継続的なフォローや生活支援が必要な疾患が増えていきます。
言い換えると、「治す医療」だけでなく「支える医療」の比重が高まる、ということです。
(2)医療・介護・生活支援の境界が曖昧に
在宅医療、訪問看護、薬局、歯科、リハビリテーションなど、さまざまな専門職が関わりながら、 一人の患者さんの生活を支えていく体制づくりが求められています。
この流れの中で、「クリニック一つで完結する医療」から、「地域全体で患者さんを支える医療」へと構図が変わっていきます。 診療所は、その中の重要なピースとして位置づけられていくイメージです。
(3)深刻な人手不足と“生産性向上”の要請
看護師や医療事務、コメディカルの採用難は、今後さらに深刻化すると予測されています。
みずほ銀行のレポートでも、医療分野における「生産性向上(省人化)」が、今後の鍵になると繰り返し指摘されています。
少ない人数で、これまでと同じ、あるいはそれ以上の医療を提供していく必要があり、そこにDX(デジタル化・業務の見える化・自動化)が求められています。
2.2026年度診療報酬改定の基本方針(骨子案)と“重なるポイント”
厚生労働省が公表した令和8年度診療報酬改定の基本方針(骨子案)は、上記の「未来像」とほぼ同じ方向を向いています。 院長先生に関係が深いポイントだけを抜き出して整理します。
(1)人件費・物価高騰への対応――「人件費を上げられる経営体制」へ
国は医療従事者の賃上げを重視しており、ベースアップ評価料・加算などを通じて、医療機関の賃上げを後押しする方針を打ち出しています。 一方で、現役世代の保険料負担を無尽蔵に増やすことはできません。
そのため、
- 人件費を上げつつも、経営としては維持・成長していけるか
- 採用難を前提とした人員体制になっているか
- 人件費率・利益率のバランスを見直す必要があるのではないか
こうした視点で、自院の経営を見直すことが求められます。
(2)外来中心モデルは「長期的に不安定」になっていく
骨子案では、
- 急性期の外来は病院へ
- 慢性疾患の管理はかかりつけ医へ
- 在宅医療・訪問看護、多職種連携の推進
- 栄養・口腔・リハビリなど“生活を支えるケア”の評価
といった方向性が明示されています。
つまり、「外来だけで完結するクリニック」のままでは、制度の流れと少しずつズレていく可能性が高いということです。
自院の患者層や地域のニーズに応じて、
- どこまで「支える医療」を担うのか
- 在宅医療や訪問看護との連携をどう位置づけるか
- 外来依存の経営リスクをどう管理するか
といった点を、早めに言葉にしておくことが大切です。
(3)DXは「やった方がいい」から「やらないと不利」へ(ただし導入は慎重に)
電子処方箋、オンライン資格確認、オンライン診療、AI活用、電子カルテ情報の共有など、DX関連のキーワードが並びますが、 大切なのは「何でも導入すること」ではありません。
まず、現状の業務を棚卸しし、どこにムダや負担があるのかを見える化することが出発点です。
- 受付・会計に時間がかかっているのか
- 電話対応が多く、スタッフが疲弊しているのか
- 院長自身の作業(書類・説明・チェックなど)がどこに集中しているのか
そのうえで、
- DX化することで、どの程度の時間・人件費が削減できるのか
- 導入・運用コストをどれくらいの期間で回収できそうか
- スタッフの働きやすさや、患者さんの利便性はどう変わるか
といった「費用対効果」を見ながら、優先順位をつけて導入することが重要です。
DXはあくまで「手段」であり、「導入したかどうか」ではなく、 「自院の業務がどれだけ整理・効率化されたか」が本質だと思います。
(4)薬剤の適正化は、特に慢性疾患クリニックへの影響が大きい
骨子案では、
- 後発品・バイオ後続品の使用促進
- OTC類似薬の扱い見直し(議論は継続)
- 長期処方の推進(安定患者の受診間隔をあける方向)
- 電子処方箋を活用した残薬・重複投与・ポリファーマシー対策
といった方針が並んでいます。
特に生活習慣病や慢性疾患の管理を主軸にしているクリニックでは、受診回数や処方の在り方が変わることで、外来収入の構造が変化する可能性があります。 一方で、処方内容の見直しや残薬対策は、患者さんの安心・安全にも直結する領域です。
経営面だけでなく、「どこまで処方最適化に取り組むか」という医療の質の観点でも、あらためて方針を考えておく価値があるテーマです。
3.クリニック開業の“意味”も変わっていく
こうした社会構造・制度の変化のなかで、クリニック開業そのものの意味合いも、少しずつ変わってきています。
以前は、開業はどちらかというと「医師個人のチャレンジ」「自分の裁量でやってみる」というイメージが強かったかもしれません。
しかしこれからは、 クリニック開業は、個人の“開業チャレンジ”ではなく、地域医療の中で役割を担う“事業”として扱われていく と考えています。
そのため、開業は次のように変化していきます。
- 自由開業 → ルールのある開業
医師偏在対策や地域医療構想など、「どこに・どんなクリニックが必要か」が問われる時代へ。 - 医療技術 → 運営設計
技術があることに加え、「どう運営していくか」「どんな体制で継続するか」がより重要に。 - 設備差別化 → 物語(価値)の差別化
高額機器や内装だけでは差別化が難しくなり、「どんな人の、どんな悩みに応えるクリニックなのか」という物語が問われる。 - 治す医療 → 支える医療
慢性疾患・在宅・生活支援を含めた“長いお付き合い”の医療へ。 - 個人の裁量 → チーム運営
一人医師のクリニックであっても、地域の多職種と“チーム”として動く前提に。 - 立地重視 → 地域課題 × 専門性
利便性だけでなく、「その地域にどんな医療が不足しているか」と、自院の専門性をどう結びつけるかが重要に。
この視点からみると、診療報酬改定や産業レポートは、単なる「点数の上げ下げ」や「景気の話」ではなく、 「これから、どんなクリニックが地域から求められるのか?」を考えるためのヒントとして読み解くことができます。
4.みずほ銀行レポートを読むときの“限界と注意点”
みずほ銀行のレポートは、将来を考えるうえでとても参考になりますが、そのまま自院の経営計画に落とし込むには注意も必要だと感じています。
(1)あくまで「マクロ」の話であり、地域差は考慮されていない
レポートは、日本全体の産業構造を俯瞰する分析です。 そのため、地方都市と大都市圏、ベッドタウンと過疎地域など、地域ごとの事情までは織り込まれていません。
クリニック経営は、どうしても地域性に強く左右されます。人口構成や競合状況、患者さんの価値観などを踏まえ、「自院の場合はどうか?」という視点が欠かせません。
(2)制度改定リスクまでは織り込めない
診療報酬改定や医療政策の細かな変更は、数年ごとに続いていきます。
レポートは中期的な方向性を示すものですが、個々の診療報酬の点数やルールの変化までは予測しきれません。
経営計画を立てるときは、「制度は変わり続ける」という前提も一緒に置いておくことが大切です。
(3)診療科やクリニックごとに“当てはまり方”は違う
精神科、小児科、皮膚科、整形外科、内科…。診療科によって、患者層も、抱えるニーズも、求められる連携も異なります。
みずほ銀行レポートや診療報酬改定の方針は、「方向性の大枠」を教えてくれるものですが、自院の診療科・地域・院長先生のビジョンに合わせて読み替える作業が必要になります。
5.院長が今から準備しておきたい3つのこと
ここまでの内容を踏まえ、これからの数年を見据えて、クリニックとして準備しておきたいポイントを3つに絞ると、次のようになります。
① DX導入ロードマップを作る(棚卸しから始める)
いきなりツール選びをするのではなく、まずは現状の業務の棚卸しから始めることをおすすめしています。
- 受付〜会計までの流れ
- 電話・問い合わせ対応
- 書類作成や各種説明など、院長の時間が取られている業務
これらを整理したうえで、
- どの部分からDX化すると、スタッフの負担や人件費が下がりそうか
- 導入コストと、削減できる時間・コストのバランスはどうか
を考え、「導入するもの」「保留するもの」を分けていくイメージです。
② 外来依存のリスクを把握しておく
外来だけで回すモデルは、今後、少しずつ制度の変化の影響を受けやすくなります。
- 初診・再診・慢性疾患管理の比率
- 長期処方が進んだ場合の減収インパクト
- 自院で提供できる新しい価値(保健指導・自費サービス・在宅への関わり方など)
こうした点を一度棚卸ししておくだけでも、「どれくらい外来に依存しているのか」「どんな選択肢があり得るのか」が見えやすくなります。
③ 在宅・地域連携の“関わり方”を決めておく
在宅医療や訪問看護、歯科、薬局、リハビリなどとの連携は、「やる・やらない」の二択ではなく、 「自院として、どの程度の関わり方を目指すのか」を決めておくことが大切だと感じています。
例えば、
- 自院で在宅医療も行うのか
- 在宅は行わず、信頼できる事業者と連携するのか
- 訪問看護ステーションや地域包括支援センターと、どのような情報連携をしていくのか
こうした方針を決めておくことで、開業準備の段階から「誰とつながっておくべきか」「どんな体制を目指すのか」が見えやすくなります。
6.おわりに――“個人の開業”から“地域の事業”へ
みずほ銀行の産業レポートと、2026年度診療報酬改定の基本方針(骨子案)を合わせて読むと、 これからのクリニックに求められる姿が、少しクリアに見えてきます。
それは、
- 外来中心から、「地域で患者さんを支えるクリニック」へ
- 人手不足の中でも、DXを活用して生産性を高めていくクリニックへ
- 個人の挑戦としての開業から、「地域の課題に応える事業」としての開業へ
今後5年ほどは、こうした変化が一気に進む時期になるかもしれません。
大きな変化の渦中にいると不安もありますが、視点を変えると、「これからの時代に合ったクリニック像を、あらためて設計し直すチャンス」とも言えます。
本記事の内容が、先生ご自身の「これからどういうクリニックをつくりたいか」を考えるきっかけになれば幸いです。
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