【2025年12月7日更新】
都市部でのクリニック開業は、制度と市場の変化により「これまで通り」とはいかなくなりつつあります。医師偏在是正の流れが強まるなかで、医師多数地域であえて開業する先生には、従来以上に差別化・連携・経営の持続性が問われます。
本稿では、こうした状況を「医師 VS 制度」の対立として捉えるのではなく、 日本の商いにルーツを持つ「三方よし(売り手・買い手・世間)」の視点から、都市部で“続けられる開業”を設計する考え方を整理します。
はじめに:制度変化を“設計条件”として受け止める
2024年度以降、国は「医師偏在是正」の方針を強めています。医師が少ない地域への支援を手厚くし、医師多数地域では「過度な集中を抑える」方向で制度が組み立てられていく流れです。
とはいえ、すでに人口・ニーズが集中している都市部では、今後も一定の開業ニーズが続きます。そうしたエリアで開業を検討する先生にとって大切なのは、
- 制度の動きを「追い風/向かい風」としてだけ見るのではなく、
- 「この条件の中で、どう設計すれば三者にとって良い形になるか」を考えること
そこで本記事では、制度改正そのものの詳解ではなく、医師多数地域で開業する際の“設計思想”としての三方よしに焦点を当てて整理していきます。
三方よしとは:3者が同時に満たされる設計
- 売り手よし:医師・クリニックが安心して診療を続けられる(経営の持続性)
- 買い手よし:患者が「ここで診てもらいたい」と感じる体験価値(選ばれる理由)
- 世間よし:地域医療体制の一翼として機能し、社会に資する(連携・貢献)
誰か1者だけが得をする設計は長く続きません。医師多数地域ではとくに、「売り手だけが得をする」、あるいは「患者サービスだけを過度に優先し、医療現場が疲弊する」といったアンバランスが起こりがちです。
三方よしの考え方を軸に置くことで、制度や競合環境が変わっても、3者のバランスを確認しながら軌道修正できるようになります。
売り手よし:経営を「続ける」ための体制づくり
まずは「売り手よし」、すなわち院長自身とクリニックの持続性です。医師多数地域では、患者数が読みにくく、スタッフ採用も競争が激しいため、「とりあえず開けてみる」では不安定になりがちです。
- 収益の多柱化:保険診療に加え、健診・自費(予防・皮膚・睡眠・栄養)・企業契約などを組み合わせ、収益の揺らぎを平準化する。
- 属人化の回避:勤務医・非常勤・看護師・事務の役割を明確化し、院長が不在でも止まらない運用を意識する。
- 診療圏の解像度向上:人口動態・競合・来院動線・交通利便を、数値と地図の両面で把握し、「空いている場所を探す」のではなく「自院のポジションを創る」発想を持つ。
ポイントは、単発の施策ではなく“流れの設計”です。採用・教育・評価・シフト・DX(電子カルテ、予約システムなど)が一本のラインで回ると、院長の「自分で抱え込む仕事」が確実に減り、続けやすい診療体制になります。
買い手よし:患者が“通い続けたくなる”体験の設計
次に「買い手よし」、つまり患者さんにとっての価値です。医師多数地域では、患者側にも選択肢が多く、「どこに行っても大きくは変わらない」と感じられやすい環境です。その中で選ばれ続けるには、体験の設計が重要になります。
- 来院前のストレス低減:Web予約・Web問診・リマインド配信などで、受診前の「迷い・不安・手間」を減らす。
- 強みの言語化:生活習慣病、SAS、皮膚、小児、在宅など、自院の“得意領域”を明確に掲示し、症状から選びやすい導線にする。
- 予防と生活支援:健診・栄養・運動・禁煙など、病気になる前から関わる仕組みをルーティン化する。
「医療の正しさ」は前提条件です。そのうえで、「わかりやすさ」「速さ」「親切さ」といった体験価値をどう設計するかが、都市部ではとくに効いてきます。
世間よし:地域の“つながり”の中で機能する
最後に「世間よし」、つまり地域社会・医療提供体制にとっての価値です。医師多数地域では「クリニックが増えすぎて困る」という見え方をされがちですが、実際には役割分担がはっきりしたクリニックは、地域にとって大きなプラスになります。
- 病診・診診連携:紹介・逆紹介の標準様式、返書テンプレート、検査共有のフローを整備し、「頼みやすく、返しやすい」関係をつくる。
- 地域包括ケア:ケアマネ・訪問看護・調剤薬局との情報連携を“その場限り”ではなく“決め事”として固定化する。
- 社会的信頼の積み上げ:健康講座・学校・企業・自治体との協働を定例化し、情報発信も院内だけで完結させない。
「単独で完結するクリニック」から、「連携のハブとして機能するクリニック」へ。医師偏在是正が進むなかでも、こうした役割を担う医療機関は、制度上も評価されやすい方向にあります。
三方よし経営の実践:小さく始めて、回しながら整える
とはいえ、すべてを一度に整える必要はありません。むしろ、「小さく始めて、回しながら整える」ほうが、現場にはなじみやすいことが多いです。
- 現状の見取り図を作る:診療圏・導線・人員・KPI(待ち時間・電話・会計)を1枚にまとめる。
- 優先順位を決める:“患者の困りごと”と“現場の詰まり”が重なるところから着手する。
- 90日単位で実装:予約導線の短縮、Web問診の定着、返書テンプレ導入など、効果と手間のバランスを見ながらチャレンジする。
- 数で効果確認:例として「平均待ち時間」「電話件数」「会計締め時間」など、3指標だけを毎週チェックする。
- 標準化:うまくいった運用を“手順書+掲示”で固定化し、人が替わっても落ちない仕組みにする。
制度改正や環境変化は、今後も続いていきます。そのたびに不安になるのではなく、三方よしの視点で「どこを整え直せばよいか」を考えられる状態をつくることが、医師多数地域での安定した開業につながります。
まとめ:続けられる形で、地域に根を張る
医師多数地域では、制度・競合・人材の制約が重なりがちです。だからこそ、「三方よし」という古くて新しい設計思想が効きます。
自院の持続性(売り手)、患者体験(買い手)、地域貢献(世間)を同時に満たすことで、医療法改正や診療報酬改定といった変化があっても、折れにくい経営の土台が育っていきます。
「医師多数地域だから難しい」と考える前に、この地域で、どのような三方よしの形を目指したいかを一度言葉にしてみる。その整理から、開業戦略は大きく変わっていきます。
関連記事
頭の中の“もやもや”を整理し、次の一歩を見つけたいときに
日々の診療や業務のなかで、「言葉にしづらい違和感」を抱える院長先生は少なくありません。
初回整理セッションでは、経営の前提となる“考え”を丁寧に言語化し、納得感のある方向性を一緒に見つけていきます。
即答よりも、「腑に落ちる」時間を大切にしています。まずは話すことから、整理がはじまります。
🗣️ 初回整理セッション(60分)
経営方針・組織づくり・診療体制・情報発信・人との関わり方など、幅広いテーマに対応。
“考えの整理”を通じて、先生の中にある答えを見つけていきます。
考えを整理したい先生へ——声で届ける「経営の迷いを整える」Podcast
日々の診療や経営の中で感じる、「ちょっとした違和感」や「言語化しづらいもやもや」。
そうしたテーマを、私が声で丁寧に紐解いていく番組です。
初回整理セッションの前に、私の考え方や伴走のスタンスを知りたいという先生にもおすすめです。
※外部サービスが開きます