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クリニック開業・経営コラム

クリニック開業に欠かせない「事業計画書」と「趣意書」の書き方|融資審査を突破するための必須準備

はじめに|クリニック開業と「事業計画書・趣意書」の関係

クリニック開業の相談を受けていると、
「事業計画書と趣意書、何が違うのか」
「どこまで書けば融資の審査に耐えられるのか」
という問いをよく伺います。

金融機関にとって、事業計画書は“数字で見る計画”趣意書は“言葉で読む計画”です。どちらか一方ではなく、両方が揃ってはじめて「この先生なら続けられそうだ」と判断されるイメージを持つと整理しやすくなります。

本記事では、クリニック開業を前提に、事業計画書・趣意書それぞれの役割と書き方、そして診療報酬改定や診療科の特性をどう計画に織り込むかまでを、実務目線で整理します。

1.クリニック開業における「事業計画書」と「趣意書」の位置づけ

まずは、全体像をシンプルに押さえておきましょう。

  • 事業計画書:売上・費用・資金繰りなど「数字」で表現する計画書
  • 趣意書:地域背景や患者像、診療理念など「言葉」で表現する計画書

日本政策金融公庫や信用金庫・地方銀行の担当者は、
「趣意書で背景と考え方を理解し、事業計画書で数字の整合性を確認する」
という順番で読み進めることが多いです。

そのため、趣意書と事業計画書が別々に作られていて、内容が噛み合っていない状態は避けたいところです。たとえば、

  • 趣意書:「生活習慣病を軸に、長期フォローを大切にする」と書いているのに、
    事業計画書では初診患者数ばかりを追いかける売上構成になっている
  • 趣意書:「地域包括ケアに貢献する」と書きながら、
    事業計画書に在宅・訪問の人的体制や時間割が反映されていない

といったズレは、「本当にやり切れるのか?」という不安につながります。次章以降で、それぞれの書き方を具体的に見ていきます。

2.事業計画書の基本構成と書き方(数字で伝える“根拠”)

事業計画書は、単なる売上予測表ではなく、経営方針を数字に翻訳するプロセスです。ここが丁寧に整っていると、融資審査だけでなく、開業後の意思決定の軸にもなります。

✅ 基本の構成(クリニック版)

  • 初期投資の内訳:内装・医療機器・システム・開業準備費(広告・内覧会など)
  • 運転資金の設定:人件費・家賃・リース料・水光熱費・材料費など、
    最低でも6〜12か月分を目安に
  • 資金調達の計画:自己資金・親族からの借入・金融機関からの借入のバランス
  • 月次損益計画(12か月):診療単価×患者数・自費収入・健診・在宅などの売上と、
    人件費・家賃・その他固定費を組み合わせたPL
  • 3〜5年の概算シミュレーション:人員増や診療科の広がりを前提にした中期像

✅ 作成ステップ(実務の流れ)

  • ① 必要資金の洗い出し:
    内装費・医療機器・IT環境・広告費・内覧会費用・開業前人件費などをリスト化し、
    「一度きりの投資」と「毎月かかる費用」を分ける
  • ② 資金調達の設計:
    自己資金の割合、借入額、返済期間、金利の想定を置き、
    「毎月の返済額が、想定利益のどれくらいを占めるか」を確認
  • ③ 診療圏データをもとに売上を仮置き:
    診療圏内の人口・年齢構成・競合状況を踏まえ、
    「現実的にどのくらいの患者数なら到達可能か」を検討
  • ④ 感度分析:
    「患者数が▲10〜20%」「材料費が+10%」など、
    条件を変えても黒字が維持できるラインを確認

あわせて読みたい: 資金計画全体を整理したい場合は、
「クリニック開業に必要な自己資金はいくら?|融資・生活費を含めた資金計画の考え方」 も参考になります。

💬 チェックポイント(金融機関から見たとき)

  • 診療圏データや既存クリニックの実勢と比べて、患者数が過大になっていないか
  • 「生活習慣病」「在宅」「健診」など方針として掲げた内容が、
    売上構成・時間割・人員配置にきちんと反映されているか
  • 借入返済後に、院長やスタッフの生活を支えられる手残りが見込めるか

3.趣意書の基本構成と書き方(言葉で伝える“理由”)

事業計画書が「どう実現するか」を説明する資料だとすれば、趣意書は「なぜその計画に至ったのか」を伝える資料です。
金融機関はここで、先生の経験・価値観・地域との関係性を読み取り、計画の再現性を判断します。

✅ 趣意書で押さえたい3つの柱

  • ① なぜこの地域なのか
    ・勤務医時代から診てきた患者層とのつながり
    ・人口構成(子どもが多い/高齢者が多い など)
    ・既存医療資源との補完関係(空いている時間帯・疾患・診療体制 など)
  • ② 誰に何を届けるのか
    ・年齢や生活背景を含めた具体的な患者像(ペルソナ)
    ・どのようなきっかけで受診し、その後どのように通院するのか
    ・「治す」だけでなく、「支える」関わり方をどう考えているか
  • ③ どう貢献するのか
    ・診療理念(大切にしたい価値観)
    ・スタッフ育成やチーム医療への考え方
    ・他院・地域事業所・行政との連携方針

文章のコツ:
「競合を倒す」ではなく、地域で担う役割の違いを語る。
「自院が埋めるギャップ」を明確にすると、数字の前提としても説得力が増します。

💬 書き始めの例(書き出しイメージ)

「私はこれまで◯◯病院の内科で、生活習慣病や心不全など、
慢性疾患の患者さんの診療に多く関わってきました。◯◯市南部では、
高血圧や糖尿病を抱えながら、仕事や家事で受診が後回しになっている方が多く、
『通いやすい場所と時間で、長く付き合えるクリニックがあれば』という声を
日々の診療の中で感じてきました。……」

このように、ご自身の経験から「なぜその診療方針にたどり着いたのか」を丁寧に書くと、事業計画書の数字にも厚みが出ます。

4.診療報酬改定・診療科の特性をどう計画に反映させるか

最近のクリニック開業では、診療報酬改定の方向性や診療科ごとのトレンドを踏まえた計画が欠かせません。特に、生活習慣病管理や地域包括ケアの評価が高まる中で、

  • どの診療科で、何を「柱」にするのか
  • どの診療を「支える」ために、どんなスタッフ体制が必要か

といった点は、事業計画書と趣意書の両方に関わってきます。

診療報酬改定の前提を整理したい場合:
制度面の流れは、 「2026年度(令和8年度)診療報酬改定の基本方針(骨子案)の概要」 でまとめています。
中長期の方向性を押さえたうえで事業計画を作ると、数字の前提がぶれにくくなります。

また、診療科ごとの経営の組み立て方も、事業計画書と趣意書の内容に影響します。たとえば皮膚科であれば、

  • 保険診療と自費診療のバランス
  • 予約制か当日対応重視か
  • スタッフの役割分担(処置補助・説明・受付など)

などをどう設計するかで、売上構成・人員計画・設備投資が変わってきます。

診療科別に考えたい先生へ:
たとえば皮膚科クリニックを検討されている場合は、
「皮膚科クリニック経営シリーズ|変化の時代に“続く”ための経営戦略」 も参考になる視点をまとめています。

5.金融機関が見る3つの視点と、よくあるつまずき

担当者は、書式の整い具合よりも、「続けられる計画かどうか」を見ています。特に、次の3つの視点が重視されます。

  • ① 数字の現実性:
    ・単価や患者数に過大な期待がないか
    ・診療圏や類似クリニックとの比較で、矛盾がないか
  • ② 地域への必然性:
    ・なぜこの地域・この立地である必要があるのか
    ・地域のニーズと、ご自身の経験・強みが結びついているか
  • ③ 継続可能性:
    ・家賃・人件費など固定費に対する耐性があるか
    ・開業後の数年で疲弊しない働き方・体制になっているか

一方で、開業前によく見かける“つまずき”としては、

  • 「とりあえずフォーマットを埋める」ことが目的になり、
    ご自身の経験や地域の状況と数字が結びついていない
  • 診療圏の「需要」が強みになると思い込み、
    「供給」「競合」「協業」の視点が薄い

審査の全体像を整理したい場合:
クリニック開業融資の準備をまとめて確認したい先生は、
「数字より“考え方”を問われる審査|クリニック開業融資を通す6つの準備視点」 もあわせてご覧ください。

6.まずやること|“15分×3本”で進める下準備

「きちんと書こう」と思うほど、手が止まりがちです。
最初はA4・1枚ずつ、ラフで構いませんので、次の3枚を作ってみてください。

  1. 診療圏の要点まとめ(A4・1枚)
    ・人口構成・年齢別の特徴
    ・既存クリニック・病院の分布
    ・「今、地域で足りていない」と感じる診療・時間帯・支援
  2. 患者ペルソナ草案(A4・1枚)
    ・年齢・家族構成・仕事
    ・どんな悩み・不安を抱えているか
    ・どのようにクリニックを知り、来院し続けるか
  3. 12か月簡易PL(A4・1枚)
    ・売上(診療・自費・健診・在宅など)
    ・人件費・家賃・その他固定費
    ・患者数や単価が変動したときの簡易シミュレーション

この3枚が揃うと、趣意書の言葉と事業計画書の数字をブレずに肉付けすることができるようになります。

診療圏の考え方から整理したい場合:
「需要・供給・競合・協業」の整理は、
「診療圏調査シリーズ|まとめページ」 にて、段階的に解説しています。

おわりに|数字=根拠、理念=理由。行き来が“説得力”になる

事業計画書だけでも、趣意書だけでも、融資審査と開業後の運営を支えるには不十分です。
数字(どう実現するのか)理念(なぜ実現するのか)を行き来しながら、
「自分たちらしい計画」に整えていくプロセスそのものが、院長としての準備になります。

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