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クリニック開業・経営コラム

2026年改定(精神科系短冊)を「点数」でなく「思想」で読む 心療内科・精神科クリニックに効いてくる「立ち位置」の決め方

2026年度(令和8年度)の診療報酬改定は、点数の増減というよりも、精神科・心療内科に求める役割を「再定義」しようとしているように見えます。
この記事は、短冊の網羅的な制度解説や算定の指南ではなく、改定の方向性を「問い」として整理し、 開業後の院長が自院の立ち位置を言葉にするための材料を提供します。

※参考資料:中医協(2026年1月23日)で示された「令和8年度診療報酬改定の個別改定項目(短冊)」
厚生労働省|令和8年度診療報酬改定の個別改定項目(中医協 2026年1月23日)

1. 2026年改定は「点数改定」ではなく、精神医療の“入口と責任”の再設計に見える

開業して数年が経つと、診療は回っている一方で、次のような違和感が出てくることがあります。

  • 診療の軸が「初期対応」と「継続診療」の間で揺れている
  • 心理職やオンラインをどう位置づけるか、現場で判断が増え続けている
  • 患者層が広がるほど、紹介や連携の線引きが曖昧になる
  • “やれること”が増えた分、“やらないこと”が決まらない

今回の改定の議論を眺めていると、制度側が問うているのは、個別の算定テクニックよりも、 「精神科・心療内科として、何を引き受け、どこまで責任を持つのか」という構造に見えます。

ここで言う構造は、乱暴に言えば次の3点です。

  • 初診・初期対応をどう設計するか(入口の厚み)
  • 時間・体制・責任が噛み合っているか(運用の前提)
  • 名ばかり対応を避けられているか(専門性の中身)

つまり、改定は「締め付け」よりも、院長に対して“立ち位置を選び直す問い”を投げている。 この記事は、その問いを言語化するための整理です。

2. 短冊を貫く共通思想:評価されるのは「行為」ではなく「責任の構造」

短冊の読みどころは、「この加算が増えた/減った」ではなく、評価の前提が 行為の列挙 → 責任の構造へ寄っている点です。

精神科外来は、入口の幅が広い分、初期での見立てが薄いと、その後の通院が長期化し、 処方の継続だけが積み上がりやすい構造があります。 その構造に対して制度側が求めているのは、たぶん次の方向です。

  • 初期評価の厚み(時間の確保というより、見立ての精度と安全設計)
  • 体制の前提(チーム・連携・記録・緊急時の動線)
  • 責任の所在(医師の見立てが補助線を引き、支援が機能する)

ここで大事なのは、「精神科は時間をかけるべき」という道徳論ではなく、 時間を使うなら、それに見合う体制と責任が必要という設計思想です。

3. なぜ「初診・初期対応」が強調されるのか ── 開業後こそ効いてくる視点

開業直後は、患者が来ること自体が課題になります。 ただ、開業後に本当に効いてくるのは「入口の設計」です。

入口の設計が曖昧だと、院長の意思とは無関係に、診療は次の方向に流れやすくなります。

  • 初診が薄くなる(診断名・処方・次回予約が中心になる)
  • 継続が長期化する(再評価が起きにくい)
  • 連携の線が細くなる(紹介の判断が遅れる)
  • 院長の負荷が増える(“何でも受ける”に近づく)

制度が初期対応を重視するのは、こうした構造が地域全体の負担(救急・入院・社会的トラブル化)に波及しやすいからだと考えると、 腑に落ちます。

そして、これは開業前の「理想」ではなく、開業後の「運用」に直結します。 初期の見立てを厚くするか、継続を深くするか。どちらでもいい。 ただし、自院は何を引き受け、何を連携に返すのかは、早めに言語化しておいた方が、後で崩れにくいです。

4. 国が評価しなくなりつつある精神医療の姿:半端な専門性/名ばかり対応/補助線の主役化

4-1. 「半端な専門性」が評価されにくくなる

ここで言う“半端な専門性”とは、肩書きの話ではありません。 専門性を名乗るなら、その中身(運用・記録・安全設計)が伴っているかという話です。

たとえば、児童精神やトラウマ領域は、需要が伸びやすい一方で、 看板が先に立つと、院内の体制・連携・説明責任が追いつかないことがあります。 制度がこの領域を“丁寧に定義し直す”方向にあるのは、 安易な拡張を促すためというより、線引きを明確にするために見えます。

4-2. チーム医療・多職種は「丸投げ」ではなく「設計」

多職種活用が推進されるほど、院長が迷うのがここです。

  • 心理職にどこまで任せるか
  • 医師がレビューすべきポイントは何か
  • 症状悪化やリスク時の動線をどう設計するか

重要なのは、心理職やスタッフ活用が“悪い”のではなく、 医師の見立てが補助線を引き、チームがその補助線に沿って機能しているかです。 丸投げは、患者にとっても、スタッフにとっても、院長にとっても、継続しにくい構造になりやすい。

4-3. オンラインや心理職は「代替」ではなく「補助線」として置かれている

オンライン診療や心理支援は、今後も必要性が増す領域です。 ただし、制度の空気としては「置き換えの主役」ではなく、 医師の責任を補完する補助線として整理されているように見えます。

ここを誤ると、短期的に便利でも、長期的には診療の一貫性が崩れやすい。 逆に、補助線として設計できれば、院長が抱え込まない診療モデルを作れます。

5. 改定を「締め付け」ではなく「問い」として受け取る

この改定は、「こうしろ」と命じるよりも、 院長に対して次の問いを投げているように見えます。

問い①:あなたのクリニックは「入口」をどこまで引き受けますか?

引き受けるなら、初期評価の厚みだけでなく、紹介・再評価・安全設計まで含めた運用が必要になります。 引き受けないなら、引き受けないで構いません。 その代わり、診ないこと/返すことを患者に説明できる言葉と動線が必要になります。

問い②:「体制」をどう定義しますか?

体制は、単なる書類の話ではありません。 院長の頭の中の方針が、現場で再現されるようにするための構造です。 とくに開業後は、忙しさで「方針」が「流れ」に負けます。 だからこそ、体制を言語化する価値があります。

問い③:専門領域を、どこまで広げますか?(児童精神・トラウマを含む)

需要があるから広げる、という判断は自然です。 ただ、広げるほど必要になるのが「境界線」と「連携」です。 どの患者層を引き受け、どの層は地域に返すのか。 それを先に決めておくほど、院長の負荷は安定します。

6. まとめ:院長自身が「立ち位置を選ぶ時代」に入った

2026年改定(精神科系短冊)を、私は次のように読みます。

  • 精神科・心療内科に求められているのは、“診る”だけでなく“引き受ける設計”
  • 評価は、行為の多さではなく、時間・体制・責任が噛み合った構造
  • 半端な専門性、名ばかり対応、補助線の主役化は、評価されにくくなる
  • だからこそ経営の論点は、算定より先に診療の境界線(立ち位置)になる

制度は正解をくれません。 ただ、問いの形は以前よりはっきりしてきました。 その問いに対して「自院はこうする」と言語化できた院長ほど、 改定に振り回されにくくなる――私はそう思います。

参考:厚生労働省|令和8年度診療報酬改定の個別改定項目(中医協 2026年1月23日)

この記事を読んで、少し立ち止まりたくなった方へ

開業後の「判断の前提」を、いちど言葉にして整える時間があります

2026年改定は、「すぐに何かを変えなければいけない」という話ではないと思っています。
ただ、開業後に積み上がってきた診療の流れや、チームの運用、紹介の線引きが、 いつの間にか“自分の方針”からズレていないかを、見直すきっかけにはなり得ます。

  • 初期対応と継続診療のバランスを、どこに置くか迷っている
  • 心理職・オンライン・多職種の役割が、現場では曖昧になってきた
  • 「やらないこと」を決めたいが、患者対応や地域連携との兼ね合いで言葉にしにくい
  • 制度の話題が出るたびに不安になるが、答えを押しつけられるのは違うと感じる

こうした状態のときに大事なのは、結論を急ぐことより、 自分の判断を支えている前提(大事にしたいこと/責任の持ち方/境界線)を、 いったん外に出して整理することだと考えています。

「開業準備・経営整理セッション」は、答えを渡す場ではなく、 院長ご自身が“自分の言葉”で立ち位置を選び直すための整理の時間です。
(※無理な営業や、その場での結論提示は行っていません)

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