正解を急がず、 判断が詰まった前提を、静かに整えるために。 クリニック開業・経営の 判断の前提を、論点からほどく時間。

クリニック開業・経営コラム

ベースアップ評価料で、なぜ判断が止まってしまうのか ──2026年改定を前に、院長の「迷い」を整理する

※本記事は、2026年1月28日時点で公表されている資料・情報をもとに整理しています。

※本記事は「制度の結論」を断定するものではなく、院長が判断の迷いを整理するための材料としてまとめています。

2024年度改定で始まったベースアップ評価料
名前は知っている。概要も、なんとなく分かっている。
それでも、「自分のクリニックとして、どう判断すればいいのか」──そこで手が止まっている院長も多いのではないでしょうか。

取った方がいいのか。取らない方がいいのか。
期限も近づいている気がして、周りの動きも少し気になる。
けれど考えれば考えるほど、正解を探しているようで、かえって分からなくなる──そんな制度でもあります。

この記事では、ベースアップ評価料を「制度の是非」で切るのではなく、
院長の「迷い」を整理し、納得して判断するための材料としてまとめます。

この記事を書こうとしたきっかけ

現段階で、ベースアップ評価料を届出ている医療機関は全体の約4割にとどまっています。 一方で、2026年度(令和8年度)改定を前に、今後は制度周辺の動きが一気に加速しやすい局面に入ります。

とくに、診療所等賃上げ支援事業(令和7年度の支援事業)では、 有床・無床の診療所や訪問看護ステーションについて、令和8年3月1日時点でベースアップ評価料を届け出ていることが 対象要件として明示されています。 つまり、年度末に向けて「届出を急ぐ動き」が生まれやすい構造です。

ただしベースアップ評価料は、一度出して終わりの制度ではありません
期限に押されて“とりあえず”で動くと、後から院長の考え方とズレが出ることがあります。
だからこそ、いまの段階で「どこが詰まっているのか」を整理するために、この記事を書きました。

そもそもベースアップ評価料とは何か(できるだけシンプルに)

ベースアップ評価料は、医療機関が継続的な賃金改善(ベースアップ)に取り組むことを、診療報酬で評価する枠組みです。 「一時金」ではなく、基本給や毎月支払われる手当など、継続的な改善が前提になります。

  • 目的:医療従事者の処遇改善を通じた人材確保・定着
  • 性格:一度きりではなく、継続的に整えていく前提
  • 意味:制度対応というより、院長の経営観(スタッフをどう位置づけるか)が出やすい

対象者の考え方が、2026年改定でどう変わるのか

2024年改定:主として医療に従事する職員

2024年改定では、対象の考え方が「主として医療に従事する職員」という整理になっていました。 つまり、診療行為に直接関わる職種を中心に、賃上げを後押しする設計です。

2026年改定:当該保険医療機関において勤務する職員

一方、2026年改定(短冊の記載)では、施設基準の表現として「当該保険医療機関に勤務する職員」という方向が示されています。 これは、診療を直接担う職種だけでなく、受付・医療事務・クラークなども含めた“組織としての賃上げ”を意識した流れと読めます。

対象の見え方が広がるほど、院長側では「どう配分し、どう説明するか」が難しくなります。
ここは制度の正解よりも、院長が自院として引き受ける範囲を決める論点です。

ベースアップ評価料のメリット・デメリット(クリニック目線)

メリット

  • 賃上げを「仕組み」に乗せやすい(思いつきや場当たりから抜けやすい)
  • 採用・定着の説明材料になり得る(“賃金改善に取り組む方針”の明確化)
  • 院内で「誰をどう大事にするか」を言語化するきっかけになる

デメリット(=注意点)

  • 一度出すと“継続の前提”が生まれ、引き返しにくい(固定費化の感覚)
  • 配分・運用・説明の手間が増え、院内コミュニケーションの難易度が上がる
  • 「とりあえず届出」→「院長の考えとズレる」→ 後から調整が苦しくなる

つまり、ベースアップ評価料は「得か損か」だけでは決めにくい制度です。
自院の運営思想と整合しているかが、実務的にはいちばん重要になります。

なぜ届出が4割にとどまっているのか(起こりやすい要因)

  • 固定費化への抵抗(先行き不透明な中で、ベースアップを“約束”する怖さ)
  • 事務・運用負担(計画・報告・院内説明など、院長・事務側の負担が増える)
  • 配分の難しさ(対象の捉え方が広がるほど“納得の作り方”が難しくなる)
  • そもそも「賃上げの優先順位」を、院内でまだ言語化できていない

そして、ここがいちばん大事ですが──
届出が進まないのは「院長が怠けているから」ではなく、制度が経営の根っこに触れる論点だから、判断が止まりやすいのだと思います。

診療報酬は微増(または維持)。賃上げは加速──構造としての現実

近年、診療報酬は大きく伸びにくい一方で、物価上昇や他業種の賃上げが進んでいます。
その結果、医療機関では採用難・定着難がより表に出やすくなりました。

ベースアップ評価料は、こうしたギャップに対する一つの対応策です。
ただし“制度があるから解決する”ではなく、制度をどう使うか(使わないか)が、経営の色を決めていきます。

この制度が示している「二つの経営の方向性」

① スタッフをある程度確保し、定着するクリニック

  • 人員を前提に、運営を安定させる
  • 賃上げを“場当たり”ではなく、制度に乗せて継続しやすくする
  • 人件費をインフラとして捉える

② システム導入・業務見直しで、少数精鋭で回すクリニック

  • 導線整理、IT、外注などで「人がいないと回らない」を減らす
  • 人件費の自由度を残し、変化に強くする
  • あえて評価料を使わない判断も、十分に合理的になり得る

どちらが正しい、ではありません。
ただ、ベースアップ評価料は、院長に「どちらの方向でいくのか」を静かに問う制度になっています。

一番苦しくなるのは「中途半端」

注意したいのは、次のような状態です。

  • スタッフは抱えている
  • でも制度対応はしていない
  • 構造改革(業務見直し)も進んでいない

“決めないまま”が続くと、院内の納得が作れず、あとから調整が苦しくなります。
ベースアップ評価料は、正解選びよりも「決め方」が問われる制度だと感じます。

正解ではなく、院長の納得解を選ぶ

ベースアップ評価料は、取るのが正解、取らないのが間違い、という話ではありません。
大切なのは、

  • 自分は、どんなクリニックを続けたいのか
  • 人をどう位置づけて経営していきたいのか
  • そのうえで、制度を使う/使わないをどう納得して決めるか

「中途半端は避けたい」。
その感覚はとても大事で、だからこそ自分の納得解が必要になります。

まとめ:制度は答えではなく、経営を映す鏡

ベースアップ評価料は、経営を良くしてくれる魔法ではありません。
しかし、院長が「人」「仕組み」「運営の思想」をどう捉えているかを映し出す、鏡のような制度だと思います。

ベースアップ評価料について、
取る・取らないを今すぐ決める必要はありません。
ただし、期限や周囲の動きに押されて判断してしまう前に、
自分はどこで迷っているのかを整理しておくこと
は、後から効いてきます。

「制度としてどうか」ではなく、
自院の経営として、どこが引っかかっているのか。
その一点だけ、いまの段階で言葉にしてみるのも一つの選択です。

今いちど。
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参考文献

※制度の詳細・期日・要件は、必ず厚生労働省および管轄の地方厚生局の最新通知をご確認ください。

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